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ALS教師から障がいのある生徒へ 「オリヒメ」がつなぐ夢

広島

■分身ロボットカフェ、期間限定で広島に
 分身ロボット「Orihime(オリヒメ)」が接客するカフェが10月20日から17日間限定で広島市内にオープンした。店内では卓上の「オリヒメ」と会話を楽しみ、大型の「オリヒメ」が注文した品物を運ぶ。「オリヒメ」は全国各地で難病や重い障害により外出が難しい人たちが「パイロット」になり、操作している。

 「オリヒメ」は人が操作をすることで動くロボットだ。インターネットをつなぎスマホやタブレットの専用アプリで操作すると、会話をしながら動かすことができ、離れていてもあたかもそこにいるかのような意思疎通が可能になる。
 分身ロボットカフェは東京日本橋で常設店が運営されている。移動店舗がオープンするのは福岡、札幌に次ぎ、広島が3カ所目だ。広島店オープニングセレモニーで、「オリヒメ」を開発した吉藤オリィさん(オリィ研究所所長)はこんなあいさつをした。

「広島の地というのは我々オリヒメの開発の中で特別な場所でございます。県立御調高校の元教頭先生で長岡先生という先生がいらっしゃいます」

■ALS教師・長岡先生と「オリヒメ」
 「長岡先生」こと長岡貴宣さん(60)は広島県北の三次市で暮らすALS患者だ。手足が動かないため目の動きでパソコンを操作し、声が出ないため視線入力した文言をかつての自分の声で作った合成音声に変換して会話する。
 ALS(筋萎縮性側索硬化症)は次第に全身の筋肉が動かなくなり、人工呼吸器を着けないと3年から5年で死に至るという難病だ。原因はわかっておらず、根本的な治療法もみつかっていない。厚生労働省の衛生行政報告例によると2022年度末現在、全国で9,765人の患者がこの病気と闘っている。

 長岡先生は高校で社会科を教えていた。広島県尾道市の県立御調高校で教頭を務めていた2016年3月にALSと診断され、2017年12月には休職せざるをえなくなった。目標としていた卒業式出席をあきらめることになり、生きる希望を失いかけたという。
 落ち込んだ姿を見て当時の生徒会役員が動いた。「オリヒメ」の存在を知った彼らは、このロボットを使い、長岡先生に卒業式へリモート参加してもらう計画を立てた。オリィ研究所に電話をかけ、東京で直談判し、計画は実現した。自宅から卒業式に出席した長岡先生は、その後積極的に外に出るようになった。授業で培った話術を生かし、障がい者福祉などについて積極的に発言した。
 「オリヒメ」と出会った長岡先生はこんな感想を話していた。

「オリヒメは自分では考えませんから。全部こちらの言った打った言葉をしゃべる。用意したものを押したらありがとうとか言ってくれるわけなので、そういう意味では僕らの年代で言ったらすごくぴったりだなあと」

 一方、長岡先生の「できないこと」は日に日に増えていった。食べられなくなる日に備えて胃ろうを作り、人工呼吸器をつけるため気管を切開した。手足の中で最後まで動いていた右腕も使えなくなった。誤えん防止のため声帯を閉じる手術を受け、声を失った。

■体が動かなくても、声が出なくても
 2021年6月、東京日本橋に分身ロボットカフェの常設店がオープンした。外出することが難しい人たちがパイロットとして「オリヒメ」を遠隔操作しサービスを提供するという実験に、長岡先生も参加することになった。動かすことは視線入力で可能だが、会話には「文言を視線で入力」し、「合成音声に変換する」という作業が必要にある。つまり発言しようとしてから実際に発言するまでに時間がかかり、相手とテンポよく話すことは不可能だ。しかしカフェでの接客に会話は必須となる。

 7月7日、東京日本橋。七夕イベントが開かれている分身ロボットカフェに1台の大型「オリヒメ」が登場した。遠く離れた広島県三次市から長岡先生が目の動きで操縦するロボットだ。胸に大きめのモニターが装着され、長岡先生が視線で操作するパソコンの画面が映し出されている。長岡先生の視線の先があらかじめ用意されていた「いらっしゃいませ」に止まった。

「いらっしゃいませ」

 視線の先が「ご注文はお決まりですか」に移動する。

「ご注文はお決まりですか」

 「オリヒメ」は続けた。「本日この席を担当する長岡です。よろしくお願いします」

 オリィ研究所は、発言から発言の間(つまり長岡先生の視線入力作業)を可視化することで、会話の間を埋めようと考えたのだった。長岡先生の「オリヒメ」は拍手で迎えられた。長岡先生は「視線入力によるオリヒメパイロット」第1号となった。

 長岡先生は声の出なくなった口を動かし、次の目標を語った。

「やっぱり教員だったので、あのカフェと特別支援学校の生徒たちをつなげて、自分の夢を考えて実現することを手伝いたい」

 このころから長岡先生は分身ロボットカフェで特別支援学校の生徒に働いてもらいたいと考えていた。

■特別支援学校生徒の挑戦
 あれから約2年が経過した10月4日、東広島市の西条特別支援学校の教室で丸山大斗さん(高等部2年)がパソコンに向かっていた。分身ロボットカフェでの就労体験プログラムが始まっていた。オンラインであいさつを交わす。

「おはようございます」「 今日は調子いかがですか?」「とても緊張しています」

 広島での就労体験プログラムには県内の特別支援学校から7人の生徒が参加した。彼らは3日間のオンライン研修を経て、「オリヒメ」を使い、実際に接客する。
 丸山さんは4歳のころにかかった感染症が原因で下半身に麻痺が残り、今は車いすで生活している。かつて接客業に従事していた母の姿を見て、今回のプログラムに参加することにしたという。

「(接客する姿を)母親に見せたいなと思いました。(厳しいアドバイスを)多分もらいそう。こうするんよとかいろいろありそうで、それを取り込んでいこうかなと思います」

 10月26日、丸山さんが初めて接客したのは母の裕子さんだった。「(丸山さんより)私の方が緊張しています。たぶん」ところが、学校で「オリヒメ」を操作する丸山さんは、もっと緊張していた。 

 聞き取れないくらい小さな声で母への接客がスタートした。「私は研究生パイロットのやまちゃんです。きょうは先輩パイロットに見守られながらお仕事をします。よろしくお願いします」同じテーブルに並べられた先輩の「オリヒメ」が助け舟を出す。「やまちゃん、ちょっと緊張しているかな?もっと大きな声出してみようか」

 丸山さん、次の言葉を絞り出そうと、資料が入ったファイルを懸命にめくる。「ご注文を確認します。照り焼きチキンときんぴらのサンドが1点、ドリンクはアイスのブレンドコーヒー。以上でよろしかったでしょうか?」

 先輩「オリヒメ」たちのフォローを受けながら、約40分間の初挑戦だった。「とても緊張しました。親でもちょっと緊張します」
 母・裕子さんは我が子のデビューを厳しめに評価した。「65点くらい。言葉がすごいつまるんですよ、緊張すると。あれが先輩のようにスラスラと喋れたらいいのにね」そして、こう続けた。「住んでいるのが田舎の方なので職場がないのです。一般の就労のところも限られるし障がいがある方を受け入れてくれるところが少ないので、今回はすごいうれしかったです」

 翌日、一般の来場者に接客した丸山さんは、一度経験してリラックスしたのか大きな声で軽快なトークを繰り広げた。この日の接客は笑顔で振り返ることができた。「きのうよりはできたのではないかと思います。100点まではいかないけど、90点くらいはいけたんじゃないかな」

■長岡先生の思い つながる夢
 就労体験を終えた丸山さんに、長岡先生からメッセージが寄せられた。

「私たち障がい者は、人を頼って生活しています。『頼る』ために私たち障がい者が身に付けないといけない力は何だと思いますか?それは『信頼すること』です。これから、たくさん本物や本当の経験を積み、たくさんの知識と知恵を身に付け、人を信頼する、魅力のある大人になってください」

 丸山さんの将来への考え方には変化が生まれていた。「オリヒメカフェで働いてみたいなと思いました。障がいがあってもがんばったらできるかなと思います。」

 長岡さんの思いは長岡さん救った「オリヒメ」を通して、生徒たちの夢や希望につながっている。