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第31話 「恋文バイオリン」

2001年の秋、僕はボストンにいた。
1973年からボストン交響楽団を率いてきた指揮者・小沢征爾が、翌年からウィーンへ渡り、オペラを指揮するというからだ。

もう、彼はシンフォニーを奏でないのか?

伝説のタクトが導く最後かもしれない交響楽を、自分自身の耳で聴きたいと思い、僕は、3年ぶりに東海岸の学術都市ボストンに戻ってきた。
2枚のチケットを手にした僕の目の前に、シンフォニーホールが凛と聳え立つ。
弦楽器の質の高さは世界一と呼ばれるボストン交響楽団の拠点だ。
ホールの大理石はその歴史を語り、赤絨毯がその伝統を引き継ぐ。
満員の観客席の中から2つだけ空席の場所を見つける。
僕は自分の席に腰を落とし、そっと目を瞑る。
そして、冷たい静寂を包み込んだホールに、ピッコロの澄んだ音が響き渡る。

スペイン狂詩曲 第4曲 「祭り」

天才作曲家モーリス・ラヴェルが幼少期に聞いた母の歌から作った曲。
そして、僕が3年前に思いを寄せていた彼女と聞いた曲。
その曲の物語は、幾重にも織り合い、そして一つの物語として昇華する。

陽気に語るトロンボーン。
内なる心の声を聞かせるフルート。
鼓動を響かせるティンパニ。
そして、愛を伝えるバイオリン。

ある音楽家は言いました。
「音楽とは、空気の振動である」、と。

楽器は空気の摩擦によって音を奏で、空気を振動させることで、僕たちの鼓膜と共鳴する。
つまり、音楽は、一人では作ることができないのだ。

二人の考えをぶつけ合う摩擦。
二人の心を通わせる振動。
二人の思いを未来へと導く共鳴。

傷付き合ってこそ初めて、「伝わる」のではないだろうか?
そんな当たり前のことに気付いた時、祭りの終焉を告げるシンバルの調べがホール内に響き渡った。

僕たちはどれだけのシンフォニーを奏でることができたのだろうか?
僕の隣席に、やっぱり彼女は来なかった。

  • 11月11日生まれ
  • A型 さそり座
  • ICU 教養学部 数学専攻卒
  • 銀行員からTV業界へ転身した異色ディレクター
  • 好きな食べ物 すき焼・チョコレート・メロン
  • 好きな言葉 「移動距離とアイデアの数は比例する」
  • 将来の夢は直木賞作家
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