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「幸せだった」カープ一筋19年 石原慶幸が引退会見で語ったこと

広島

キャッチャーとして長年カープを支えてきた石原慶幸選手が今シーズン限りで引退することが発表されました。

石原選手は2001年ドラフト4巡目でカープに入団。

2年目には116試合に出場するなど、早くから頭角を現していました。

2016年からは會澤翼選手と共に投手陣を引っ張り、セ・リーグ3連覇に大きく貢献。

しかし若手の台頭で出場機会が減少していた今シーズン、8月27日のDeNA戦で走塁中に転倒し左足を負傷したあとは3軍で調整を行っていました。

今月12日、実戦復帰出来ないまま引退を決断し、球団に申し入れたということです。

きょう午後、石原選手が会見で想いを語りました。



―引退を決断した要因は?
自分がチームのためになる選手かどうかで判断した。ベンチから試合を見ている中で、そして若い選手と練習する中で、自分がどういう立場にいるのか確認することができた。

―ご家族に伝えた反応は?
家族からは、「お疲れ様」と。急に伝えたわけではないので、「もしかしたら」と思っていたかもしれない。

―カープに在籍した19年間はどんな時間でしたか?
引退を決意した今振り返ると、とても“幸せな時間”だった。あっという間に過ぎた。現役でプレーしているときは長く感じた時もあったが、引退を決断してからは短く感じている。

―19年間で印象に残っていること
Bクラスにいることが多いチームに、黒田さんが帰ってきたことが大きかった。黒田さん・新井さんが自ら姿勢を示してくれたことが、25年ぶりの優勝に繋がった。その瞬間(自身がキャッチャーを務めた25年ぶりの優勝の瞬間)の東京ドームでの光景ははっきりと覚えている。はじめての経験に、試合中は戸惑いもあったが、今となってはそれもいい思い出。忘れられない試合は多いが、最も印象に残っている試合を挙げるとすれば、やはり25年ぶりに優勝を決めた巨人戦。

―石原選手にとってキャッチャーの醍醐味とは?
投手をリードして、グラウンドに立つ選手の中で唯一反対向きに全体を見渡し、試合を動かすことができるところ。

―印象に残っている投手は?
やはり黒田博樹さん。まさかもう一度、同じユニフォームを着てプレーできるとは思っていなかった。そんな中で一緒に優勝を経験できたことは、とても印象に残っている。チームが勝つために、自分がどう貢献するか、黒田さんの姿勢から学んだ。

―OBや選手には直接伝えた?
黒田さん、新井さん、あつ(會澤翼選手)には自分の口で伝えました。黒田さんには電話で伝えたが、「自分が決めたことなら、お疲れ様。残りの現役生活頑張って。」とお言葉を頂いた。

―Twitterの投稿(え。まじか。石原さん。。~寂しすぎる。)が話題にもなっている前田健太投手には伝えられた?
Twitterとかそういうのには疎くて、その投稿のことは記事で知った(笑)直接のやり取りはまだしていない。前田には色んな賞を取らせてもらった。感謝している。

―クリス・ジョンソン投手など、外国人投手とのバッテリーの印象も強いが、何か心がけていたことなどは?
日本に来て、日本の野球が分からない中でプレーをしなければならない投手の方々には、いろんな話をしてコミュニケーションを取ることは心がけていた。あとは他の投手と変わらない。ジョンソン投手など、様々な外国人投手とバッテリーを組めたのは自分にとって大きかった。

―カープというチームに残していきたいことは?
後輩には本当にいい選手がたくさんいる。3連覇したチームと今のチームは違うが、当時の雰囲気は、当時から在籍する選手はみんな覚えているし、同じ方向を向いて闘うことで、勝つというチームの姿勢は残していってほしい。

―ファンに向けて
チームの成績が良い時も悪い時も応援してもらって、ホームスタジアムはもちろん、全国各地どの球場でもビジター席を真っ赤にして頂いた。その光景に、選手は本当に勇気をもらってきました。本当にありがとうございます、感謝いたします。今後も、選手と共に戦ってください。

―今後のビジョンは
まずは怪我の治療・リハビリに専念。引退後のビジョンについては全く決まってない。



捕手として、球団最多の出場試合数を誇るレジェンドが、「あっという間だった」という、必死に過ごした現役19年間を振り返りました。引退後もカープの、広島の誇りであることには変わりはないでしょう。

なお、引退セレモニーは11月7日マツダスタジアムでの阪神戦で行われる予定です。


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