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廃墟を歩く

投稿日: 文 : ホビーの匠 MC 中島尚樹

文 : ホビーの匠 MC 中島尚樹

手前味噌ですが、我がホビーの匠で自身の持ち込み企画がスタートしました。


その名も「はい(廃)散歩」



番組内では、どのように紹介されているか記憶していないので


当時、ディレクターに送ったメールを抜粋しますと…。



時間の止まった景色、初めてなのにどこか懐かしい風景を求めて、

廃道、廃村、廃墟を巡る廃散歩。

私たちが探すのは「自然の情景」ではなく、「営みの痕跡」…。

忘れ去られた人工物を求めて、触れ合いと言う要素が存在しない

ぶらり旅が始まります。





と言うコンセプトです。




今回は、この廃墟、廃屋、廃村、廃道などに代表される


「廃(すた)れ」に関して、その魅力をお伝えしたいと思います。





「廃れ」なんて響き、当然、後ろ向きな印象ですし、

ポジティブに捉えられるものではありません。



ましてや住民の方が居られる中を「はい(廃)散歩」と称して取材するのですから


失礼極まりないことかと思われるでしょう。




しかしながら、そこには抑えがたい郷愁や胸打つ原風景があったりして


(大きなお世話だとしても)この情景を記録することに


大きな意味があるような気がして日々、散歩をしている次第です。





その根拠をお話しする前に「廃れ」とは何か?からご説明します。





番組の中でも触れられているのですが、



「廃れ」るための前段階として、必ず





「人の手」が介在しないといけません。





私は個人的に、この「人の手」「人工物」「建造物」を


「自然」の対となるものとして





「不自然」と呼んでいます。



大抵の場合は、好ましくないことに使われますが、便宜上、


人工物は自然にあるものではないので、不自然だと認識しております。





その不自然が、人の手を離れ、自然に還る様こそが


「廃れ」だと思っております。




本来の目的を終え、うち捨てられた人工物、建造物が、


ゆっくりと自然に呑み込まれていく風景は、どうにも切ない。




私は個人的に、この程よく自然と交じり合った廃れた状態を





ラピュタ感



と呼んでいます。きっと僕だけでしょうが…。






ただ、天空の城ラピュタのように、初めて見る景色のはずなのに


永きに亘って忘れ去られ、自然と同化しつつある風景は


ある種の郷愁を感じる方も多いかと思います。




その栄華が、さぞかし極められていたと推測できる規模だったりすると




その反動で物悲しさがより強くなってしまうわけです。





不自然な人工物は、廃れて行き、いずれは自然に還るでしょう。



廃村などがそうなのですが、木材や石など、


自然物を加工した材料が多く使われている人工物は


自然に還るスピードが早い傾向にありますが、


その人工物が完全に廃れてしまうと、その魅力は無くなってしまいます。




自然の中にある不自然こそが、郷愁の対象なのですから。




懸命に踏ん張り、その巨体を傾けながら、蔦に絡まれながら、藪に埋もれながら、


それでも立ち続ける姿に、エールを送りたくなるのです。





そして、在りし日の勇姿を思い浮かべ、そこに集った人々に想いを馳せる。




「この神社には、色んな人が訪れたんだろうなぁ…。」


「この家屋には、どんな人が住んでいたんだろう?」


「この廃校は、村の中心であり、希望であったんだろうなぁ。」





そんなことを考えながら歩くと、それはそれは贅沢な散歩になるのです。






そして、様々な遺構をつぶさに調べるのも「はい(廃)散歩」の醍醐味です。



遺構とは礎石や門柱など、建築の残存物のことですが、





これが当時の様子を知るための重要な鍵となります。




例えば、廃校を訪ねたとしますと、そこには高確率で門柱が遺されています。



これは石碑代わりに、昔の人が撤去しないんだと思うのですが、



その門柱の裏に門柱を寄贈した人物と、その年代が記されています。



その年号が明治だったりすると、




「おいおいおいおいおい…今、平成だぜ…





お前…まだ立ってるのかよ…




と泣きたくなります。





もうずっと、誰もくぐらない門柱となって100年以上、立ち続けている。





映画タイタニックより泣けてきます。





そうやって廃墟、廃屋、廃校に遺された遺構を調べ、当時の情景を推測する。


これも「はい(廃)散歩」の魅力なのです。





最後に、この「はい(廃)散歩」ならではの究極の魅力をお伝えしましょう。


それはズバリ…




推理に対する答え合わせが出来ること。






多くの方々が廃墟や廃村を訪ねたとしても、その地域の過去の資料を紐解く…


なんてことまではしないと思います。



しかしながら、この「はい(廃)散歩」は、現地の役場から許可を得ておりますので


当時を知る方から直接、お話を伺うことができるのです。




「昔はきっとこうだったんだろう?」と言う推測だけでも楽しいのですが


「いやいや、昔はこうだったんだよ」と言う回答を頂ける贅沢!


当時の貴重な写真などを拝見できる特権!





ご協力頂ける全ての方々に感謝な訳です。




とまぁ、「完全な『ちい散歩』のパクリだ!」と仰りたい方も


少しは「はい(廃)散歩」の魅力を理解頂けたかと思います。




ここまで読んでも何だか良く分からないと言う方でも、



天空の城ラピュタに登場するロボット兵が






未だに役目を守り続けてる姿




には涙が出ると思います。


ぼんやり、そんな感じだとご理解くだされば…。






私は、この「はい(廃)散歩」が少しでも多くの人の郷愁を呼び覚まし、



少しでも多くの人の原風景となることを願って止みません。





これからも多くの「廃れた風景」…「廃景」を求めて散歩したいと思います。







みなさん…廃れてますか?




※このブログは全てフィクションです。ブログの全文はホームテレビの審査を経て掲載されています。


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