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Tatsuya Shimizu
清水 達也 |
| カメラマン兼エディター |
1973年6月29日、大阪市生まれ。幼少時、山口県岩国市に転居。野球少年となる。山口県立岩陽高(現在の岩国総合高)3年の夏、自らのバント失敗により初戦敗退。専門学校を経て業界入りした1994年、広島がファーストステージ制覇。チャンピオンシップ時にはサポーターが集結した基町クレドを取材、音声を担当した。翌95年ヤンセン監督就任とともにカメラマンとしてサンフレッチェ取材をスタート。それ程のベテランにも関わらず、なぜか国立競技場で撮影したことがない。さらに降格、昇格ともに立ち会えていない。2003年「山形の奇跡」では松浦決勝ゴールに興奮して絶叫。それが集音マイクを通して収録され、望月ディレクターによってそのままオンエアされた。現在はスポーツをはじめ、報道、バラエティーでカメラマン、音声、編集を務める。夢は国立競技場のゲームを撮影すること。趣味はパチンコだが、いつも後悔を伴う。しかし、彼と一緒にパチンコを打つと大勝するという言い伝えがあり、出張時にはお誘いが絶えない。松藤アナ披露宴二次会のゲームでゲットした自転車が愛車。
「ファンタジスタ」名付け親。 |
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Yoshitsugu Mizushige
水重 良紹 |
| カメラマン兼エディター |
| 1973年12月17日、広島県高田郡吉田町(現在の安芸高田市)生まれ、射手座のA型。高校卒業まで吉田町にてのびのび育つ。ちなみに当時、吉田サッカー公園(トップ、ユースチームの練習場)はまだ存在していない。20世紀終盤、カメラマンに。スポーツの他、報道、バラエティーにおいてカメラマン、音声、エディターとして活躍。2002年札幌の死闘(降格)、03年感動の鳥栖戦(昇格)の両ゲームを撮影した数少ないTVカメラマンであることが誇り。森崎兄弟デビュー以来、その成長をレンズを通して見守っている。最も過酷だったのは、03年、松藤アナと2人で遠征した水戸。在来線車中、大声で「巨乳について」喋り続ける現地女子高生に囲まれ死にそうになる。夢は広島J1優勝に立ち会うことと幸せな家庭を築くこと。芸予地震の際、全裸で排便中だったという伝説の男。 |
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