Q. 「宮島の鳥居はどうやって建ってるの?」


A. 「鳥居の屋根の下が、箱になっており、そこに約6トンの石が入っている。頭が重くなって、上から押さえつける仕組みになっている。一見、バランスが悪そうに思えるが、袖柱をつけることで安定した構造になっている。」
足は、海底から下に1メートルも入っておらず、自分の重みだけで立っている。また、柱と屋根の交差する部分には、特殊なクサビが使われており柱と屋根の動きやひずみなどを和らげる仕組みになっている。
<鳥居メモ>
大鳥居の高さ 約16メートル
主柱の周囲 約10メートル
全体重量 不明
素材 クスの自然木(腐りにくく、虫に強い)
何代目か 現在の大鳥居は、800年前から数えて8代目

<取材先・厳島神社>



Q. @もみじ饅頭は、誰が最初に作ったの?
A宮島の鹿は、どこから来たの?


A. 「@明治40年ごろ、宮島の旅館・岩惣の女将さんが考案し、近くでお菓子屋を営んでいた高津常助さんに依頼して作ったのが始まり。」

当時、旅館・岩惣には、高貴高官が多く宿泊していた。小さい女の子がお茶を出したとき、高貴高官の一人が「もみじのようなきれいな手だね」といった。岩惣は、国立公園のもみじ谷の近くにあり、もみじが大変きれいで女将さんが「もみじの葉形」をかたどってお菓子を作ってはどうかと考案。高津氏に依頼し、もみじ饅頭をつくった。

<取材先・やまだ屋>




A. 「A京都の動物園から来た鹿と宮島に昔からいた鹿の末裔が、現在の宮島の鹿である。」

宮島の鹿は、宮島が島になったとき(約6000年前)から島にいる。江戸時代頃から、宮島が観光地化してきて鹿も次第に増えていった。昭和に入り、鹿の数も増えていったが、太平洋戦争の混乱で少なくなっていった。
その理由は、当時の人たちの食糧難(鹿も食糧難)と、米軍のゲームハンティングによって絶滅寸前までになった。しかし、京都の動物園から鹿を、数頭おくってもらい現在の状態まで回復した。

<取材先・自然史研究会 金井塚さん>

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